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万葉歌木簡出土記念講演会♪

5月23日大きくニュースでとりあげられていた、紫香楽宮跡で発見された万葉歌木簡(まんよううたもっかん)^^。
万葉歌が書かれた木簡が見つかったのは、初めてのことで重要〜な発見だそうです。
私はこのあたりに住んでいるのですが、今日公民館で行われた講演会に参加してきました。
130〜140人くらい(考古学などに興味のある方々?)がこられていました♪。
私はそれほど興味があったわけではありませんでした。。。(ゴメンナサイ
)ただ、以前大阪で、視覚障害のある方向けのテープ雑誌(声の雑誌)をつくる活動をしていて、こちらへ引越してからは、地域の情報紹介の形で、ちょっぴりですが雑誌づくりへの参加を続けています。
そんな事情もあり、取材をかねて行ってみたというわけです*^^*
参加して見ると思っていた以上に楽しい講演会でした^^。たぶん取材♪という意識で一生懸命きくので、より面白さがわかるのかもです。
大阪市立大学 教授の栄原先生と村田先生が講師でした。^^
おふたりとも、好きな研究をされているんだな〜って感じで、穏やかで力強く、すてきな雰囲気の感じられる先生方です。
今回の発見でワクワク感動〜♪の毎日を送られているそうですヨ。(←村田先生)

↑これが、その現物です。ぺらぺらの木片という感じ〜。
当時の実際の木簡を復元してみたものです♪♪
ひとつの木簡の表と裏になります^^↓

こんな歌だそうです

なにはづに さくやこのはな ふゆごもり いまははるべと さくやこのはな
あさかやま かげさへみゆる やまのゐの あさきこころを わがおもはなくに
奈良時代の紫香楽宮で、歌をよみあげる宴会や儀式などがおこなわれていたんだな〜と考えられるんだそうです^^
栄原先生によると、(推定ですが)なにはづの歌を木簡に書き、儀式などで朗詠・・・その後官人が、それを持ち帰り、裏面を二次利用というかたちで、あさかやまの歌を書いたかも??ということでした。
優雅ですね〜♪
05月25日 (日)21時47分 |日記 │▲ |コメント(2) |トラックバック (0)
つながり
最近、何人かの人とお話をしていて、「ありのままの自分を受け入れることがはじまりだよ〜*^^*」って、口にする機会が重なりました。
でも、「うーん・・・」っていうリアクションがかえってきたりすることも。^^;
難しいと感じられての反応なのかもしれないけれど、もうひとつは、ありのままを受け入れることを、自分を甘やかすことのようにとらえるのかもしれません。
だめな自分を叱咤して努力する方を、強いこと・良いことだと思うのかもしれないですね。
もちろん、そういう時もあるけれど・・・
ただその場合は・・・”変えられるものを変える勇気”の強さかなと思います。^^
変えられないものもありますものね。
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける賢さを、わたしにお与えください
(この祈り・・・とても好きです。^^)
この祈りの言葉のように・・・・
どの部分は、変えられなくて、穏やかに受け入れることが求められているのか?
どの部分は、変えたいと願い、そして勇気をもって変えられるのか?
素直に感じて、整理整頓を進めるにつれて、心はずいぶん安定するように思います。
ゆっくりと十分に時間をとってやっていく、大切な大切な作業。
ありのままの自分を受け入れるとは、こういうことだろうなと思います。
振り返るとわたしは・・・10代の頃、自分のことが嫌いでした。
性格・容姿・体質・気質、まわりの環境や体験した出来事・・
みじめで、みすぼらしいように感じてしまっていました。
だから当然のように、人間関係で行き詰まりました。・・。(←そのときは、”当然”とは感じていませんが、今はそう思います。)
19才でした。
絶望っていう言葉があたまに何度もよぎって、ほんとにとっても苦しくて。
でも・・・そこまでいって、もがいてもがいて、やっとやっとわかったんだなって思います。
自分を大切にしなければいけないということや・・・
劣ったところも含めて受け入れて、愛しく思ってあげなくちゃっていう、と〜っても大事なことが。
皆に受け入れてもらえないと苦しんでいたけれど、何よりもまず自分が自分を受け入れていないという最大の間違いが、ようやく見えはじめた時期なのでした。
自分をダメって責めてしまうのは、自分に対して意地悪すぎるんですよね。^^;
ダメなところだけを見ているのです。
人は誰でもいいところが、すでにい〜っぱいあるものなのに。
それに加えて、磨けば光る部分もいっぱいあるし*^^*。
責めてる時間がもったいないのです。☆
わたしも含め皆もっともっと、自分を好き
でいいのだと思うんですよ。^^
自分を大好きになると、周りの人を大好きになります。
私たちは、孤独という幻想のなかにいるけれど、ほんとはみーんなつながっているのです。
ありのままの自分とつながれば、皆ともつながっていくのです。
でも、「うーん・・・」っていうリアクションがかえってきたりすることも。^^;
難しいと感じられての反応なのかもしれないけれど、もうひとつは、ありのままを受け入れることを、自分を甘やかすことのようにとらえるのかもしれません。
だめな自分を叱咤して努力する方を、強いこと・良いことだと思うのかもしれないですね。
もちろん、そういう時もあるけれど・・・
ただその場合は・・・”変えられるものを変える勇気”の強さかなと思います。^^
変えられないものもありますものね。
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける賢さを、わたしにお与えください
(この祈り・・・とても好きです。^^)
この祈りの言葉のように・・・・
どの部分は、変えられなくて、穏やかに受け入れることが求められているのか?
どの部分は、変えたいと願い、そして勇気をもって変えられるのか?
素直に感じて、整理整頓を進めるにつれて、心はずいぶん安定するように思います。
ゆっくりと十分に時間をとってやっていく、大切な大切な作業。
ありのままの自分を受け入れるとは、こういうことだろうなと思います。
振り返るとわたしは・・・10代の頃、自分のことが嫌いでした。
性格・容姿・体質・気質、まわりの環境や体験した出来事・・
みじめで、みすぼらしいように感じてしまっていました。
だから当然のように、人間関係で行き詰まりました。・・。(←そのときは、”当然”とは感じていませんが、今はそう思います。)
19才でした。
絶望っていう言葉があたまに何度もよぎって、ほんとにとっても苦しくて。
でも・・・そこまでいって、もがいてもがいて、やっとやっとわかったんだなって思います。
自分を大切にしなければいけないということや・・・
劣ったところも含めて受け入れて、愛しく思ってあげなくちゃっていう、と〜っても大事なことが。
皆に受け入れてもらえないと苦しんでいたけれど、何よりもまず自分が自分を受け入れていないという最大の間違いが、ようやく見えはじめた時期なのでした。
自分をダメって責めてしまうのは、自分に対して意地悪すぎるんですよね。^^;
ダメなところだけを見ているのです。
人は誰でもいいところが、すでにい〜っぱいあるものなのに。
それに加えて、磨けば光る部分もいっぱいあるし*^^*。
責めてる時間がもったいないのです。☆
わたしも含め皆もっともっと、自分を好き
でいいのだと思うんですよ。^^自分を大好きになると、周りの人を大好きになります。
私たちは、孤独という幻想のなかにいるけれど、ほんとはみーんなつながっているのです。
ありのままの自分とつながれば、皆ともつながっていくのです。

05月17日 (土)17時53分 |心のこと │▲ |コメント(6) |トラックバック (0)
飯道山
この間(6日)、近くの山に登ってきました^^。
飯道山(はんどうざん)です。
このあたりに引越してきたのは、もう3年ほど前になるのですが、今回初めていってみました♪

椿が咲いていました♪シンプルで可愛い^^
カナブンにもよく出会いました。写真では色が上手くうつらなかったけど、実物はキラキラピカピカ☆みどりに光って、おもちゃのようでした^^;。
あと、写真はないのですが、へびにも出会いました〜(≧□≦;)


飯道山(はんどうざん)です。
このあたりに引越してきたのは、もう3年ほど前になるのですが、今回初めていってみました♪

椿が咲いていました♪シンプルで可愛い^^
カナブンにもよく出会いました。写真では色が上手くうつらなかったけど、実物はキラキラピカピカ☆みどりに光って、おもちゃのようでした^^;。
あと、写真はないのですが、へびにも出会いました〜(≧□≦;)






